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  • 文と写真: Shuhei Miyahara

神社の効能

最終更新: 2月28日



声をかけていただいた大三島での撮影が順調に終わり、時間があったので帰りがけに大山祇神社に行ってみた。この神社は全国的にみても格が高い神社だそうで、このような離島にも関わらず大変立派な社殿をもっている。もう夕方だったのでお参りの人はまばら。掃き清められた山道には傾いた夕日が静かに差し込んでいた。奥に歩いていくと、老婆がひとり本殿にゆっくり礼をして階段を降っていくのが見えた。清冽な空気があたりに漂っていた。ピンと張りつめたのでもなく、かといって柔和なわけでもない。自然と自分に正直になるような、そんな不思議な雰囲気だ。


僕は神様や仏様の存在は信じない。ところがこういうところに来ると人間の力をはるかに超えた何かを感じるような気がする。僕は、そういう感覚が嫌いではない。木を切りに山へ入ったとき、作業の合間に静かな山の中で感じる神聖な気配と、それはよく似ていた。もしかすると、神社というのはそういった大きな力を感じさせることで、人間に謙虚さを思い出させるための一種の装置なのかもしれない。


どんな人間も、傲慢より謙虚なほうがいいに決まっている。自分がいまこういう形で存在するのは、誰かや何かのおかげなのだ(僕の場合それは神仏ではないけれど)。僕がここ数年お世話になっている方がいる。投資会社の立派な社長さんなのだが、「今の自分があるのは先祖のおかげだから、先祖は大切にしているんだよ。」と言っていた。それも、やはり謙虚に生きようということなのだろう。僕もたまにはご先祖の墓参りに行かないといけないな、と思った。


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